17.頭のおおいと按手

椰子の実

ニー兄弟はまた、頭のおおいと按手を正しく実行することの聖書的意義を見ました。頭のおおいは、召会において、キリストの頭首権に服従するという表現です。按手は連合の行為であって、からだの一の中で行なわれることが、からだの他の肢体への分与であることを示します。手を置くことによって、霊的賜物は肢体に分け与えられ、キリストのからだの肢体の間で、交わりが実際化されます。